昭和の終わりの頃ってまだまだ今みたいなどの野菜も甘くて柔らかくてということはなかった。今食べているほうれん草とあの頃のほうれん草をくらべたらもう昭和のほうれん草なんて舌がイガイガして食べられたものではない。茄子もそうだ。にんじんだって青臭くて仕方が無かった。イチゴだって酸っぱくて仕方が無くって潰して砂糖を混ぜた牛乳に浸して食べたり、練乳をかけて食べていたのを思い出す。あの頃の味を知っている人が食べ物の好き嫌いをするのは仕方ないとも思う。俺と食堂のおばちゃんはおのこしを許しまへんが。
あの頃はまだギリギリ芋やカボチャを多用する文化が残っていて、未だに苦手意識がある。おやつと称してふかしたサツマイモ(味なし)をかじらされていた。腹にはたまるしほんのり甘くはあるんだけど喉に詰まるのよね。もちろんこの芋は親戚が畑で作っていてその収穫の手伝いにかり出されたその分け前だ。毎年毎年やっていたので学校行事の芋掘りで喜ぶ同級生たちを冷めた目で見ていたことを思い出す。まて、これ我が家の特殊事情だな?
カボチャだって似たようなもので、毎年のハロウィンシーズンにカボチャのスイーツが出回ってはめざましテレビで「カボチャとは思えないくらいの甘さです」みたいなことをいうのに腹を立てている。おまえ先週は別のクリームたっぷりケーキ食いながら「クリームたっぷりなのに甘さ控えめでおいしいです」って言ってたんじゃないのか。だいたい毎時45分くらいで芸能コーナーのあとで見られるのでめざましテレビを見るときは気を強く持って現実から離れて観てね。
そういうわけで苦手意識をもってカボチャに対していたのだが、献立製作上どうにもバリエーションがないのがよろしくないと先日ついに和平交渉の道が開かれた。決まり手は電子レンジ、電子レンジであらかじめチンしたら切り分けるのもやりやすくなったし皮も削り取りやすくなったのでにわかに使用頻度が上がっている。
上のレシピは上の子が特に喜んで食べるので夏場に連発しているが、これを冬にやるとしたらということでトウモロコシの代理としてカボチャに狙いを定め、数回試行錯誤してみた。そのままのトウモロコシとカボチャを入れ替えただけでもなかなかおいしいのだが、少々物足りなさを感じて考えた。トウモロコシにあってカボチャにないものは何か。うまみだ。おそらくトウモロコシの軸からグルタミン酸が出ていると仮説を立てて後日、味の素を10フリほど追加して作ったらかなりいい感じの代物に仕上がった。
これをもって俺とカボチャは仲直りをすることにした。塊で買ってきてレンチンして切り分けて冷蔵すれば数日は持つので今度はポタージュスープもやろうと思う。次は一本ハンドブレンダーがほしい。