てのひらを、かえして

知的怠惰の集積地よりお送りする、手斧と料理のふんわりブログ。

「デート」のことと「二種類の生き物の体をペースト状に混ぜ合わせる」を日本語では同じ音の言葉で表します。

何か実のあることを書こうとしているおれよくない。

昨日の夜は家族がイレギュラーな動きとイレギュラーな飯になってしまったので手軽に食べられるものの方がいいかと思い、下のレシピを作った。

うまい。合い挽き肉から出る余計な油がブロッコリーに吸われて臭み無く香ばしくなっていて、茎の部分がコリコリとした食感になり、甘みが出てきていてとてもうまい。塩をきかせないとこうならない。リピート入り決定です。作りやすさもいい。刻んで炒めるだけは助かる。作りすぎて余ったがこれは次の日の朝ご飯になります。基本はフルグラとスープ・サラダだけどあんまり続くと飽きるので時々はイレギュラーがあった方がいい。土曜日の朝は自分だけ大根おろし蕎麦にしたりしています。
余った分を一回フライパンにして温め返して卵を落として目玉焼きに絡めてもおいしそう。
カリフラワーで作るとまた別のおいしさがありそうだ。

自分のために餌を撒け

朝、家を出るときに時々、視力がよくなっていると感じることがある。先の方を行き交う車が見えるとか、立っている電柱がずいぶん先の方まで見えるとか、ずいぶん先の山の木々が見えるというような。

ところがこれが自分の錯覚によるものだと気がついた。大体これが発生するのは男性更年期障害の治療で男性ホルモンを注射してもらった次の月曜日だ。注射によりホルモンのバランスが整って元気になって俺の背筋が伸びていてまっすぐ前を見ていつもよりも視線が上がっており、見通しのよい道の向こうまで見えるようになったという、どうしようもないオチだ。

どうしようもないオチなんだけど、これにはこれ逆にしたらもしかして面白くなるかもしれないと思って逆をやってみている。朝からしんどくてもピッと背筋を伸ばして道の遠くをみて、そうするとわかるのだが別に視力がよくなったりはしてなくて雨とか霧でも無きゃ大体遠くまで見通せて、数えられる電柱の数もそう変わったりはしないのだ。だが、なんとなく気分がよくなる気がしているのでここのところ心がけている。


ここしばらく本来ならホルモンの注射が効いているはずの時期でもどうにも気分が持ち上がらない日が多くて仕事をしながらもにょもにょと考えていた。ちなみにおじさん、足だけ動かしていればいい仕事とか手だけ動かしていればいい仕事も多いので考える時間は割とある。おじさんというのは大体の場合もう人生に新鮮なこともなくって、本当はもっと遠くに手を伸ばしてみればいろいろあるんだろうけどもうその気力も無くてどんどんくたびれていくだけだなあ。そういえば小学生の頃ってなんか先にある楽しみが待ち遠しいみたいな生活してたよなあ。そういうことを考えていた。昔は毎日朝から新聞でテレビ欄を見て、その日のアニメ、好きな番組の予定を確認してそれを楽しみにしながら学校に行っていたことを思い出す。

ところで今年の冬はずっと待ってたのに鮭の白子が出回らないままにシーズンが終わってしまった。楽しみにしていたのに。ここからの季節だとハマチとかの白子が出回るようになるのでそれを楽しみにしていくしかない。というか先日出物があったので湯がいて味ぽんに漬けて食べた。うまい。近日中にある楽しみってなんだろうな。7月まで待つと「正反対の君と僕」セカンドシーズンが始まるから取り合えずそこまで頑張ろう。そうか、来週からBS時代劇が「あきない世傳」の新シリーズがはじまる、これもたのしみだ。高島のお兄ちゃんが一時期から悪役として完全に開花してて(例.大奥)それも楽しみなんだよな。この楽しみをあちこちに配置して、楽しみなことに視線をむけ、顔を上げて生き抜くしかない。

確か数年前にも似たようなこと書いてたな、確か。

俺の流派のお好み焼きの話。

お好み焼きの焼き方ってよお、ほんと多様性だよなってことがあって驚いたから俺のお好み焼きの流派を書いておこうと思った。
小学生時代、親がなんかホットプレートを買ってきて日曜の昼に焼き始めたのが俺とお好み焼きの出会いで、好きに肉や海鮮を入れていいってのに驚いたんだよな。あの頃は料理はきちんとレシピに従って毎回同じように作るんだと思っていた。それが覆されたことにパラダイムシフトがあった。それ以来自作他作問わずあちらこちらで食べて、自分のお好み焼きをだいたい構築できたと思っている。それはそれとしてこないだ近所にあったけど行ったことがなかったお好み焼きに恐々行ってみたら美味しかったからもうそれでいいかなとも思っている。

材料
キャベツ
お好み焼き粉

豚肉
あったら入れるシーフードミックス

道具
フライパン

キャベツをまず、千切りにする。このとき細ければ細いほどよいものとする。大体ボウル1杯くらいになるまでつくる。シーフードミックスを入れるなら先に回答してドリップを切っておきたい。
卵を割り入れてお好み焼き粉を入れつつ水も入れてかき混ぜる。本来ならここのところを丁寧に言語化しておきたいのだがこれだけは毎回アドリブでやっているのでうまく説明できない。観念としてはあくまでも粉はつなぎで、大量のキャベツの千切りをまとめられるだけあればいいので粉の消費量はそこまで多くない。感覚としてはFRPがあるだろう。アレのガラス繊維がキャベツで樹脂がお好み焼き粉と卵と水の混合物であると思って作ってほしい。
シーフードミックスを入れるならここで混ぜておく。
フライパンに油をしき、まず豚肉を置いてその上に生地を乗せていく。大分高さが出ることを覚悟してほしい。
中火で焼いていく。焼き加減についてだが生地の部分にポツポツと穴が開いて表面が乾いたな、というところでひっくり返していく。この指標はホットケーキを焼くときにも役に立つ。ここからひっくり返す訳だが、ここから先は完全に自分を信じてやるしかないのでほんの少しでも疑いが入る気がしたらやらない方がいい。大事なのは自分が間違いなくこのフライパンの上のお好み焼きをひっくり返すことができるという信念だ。わかる。この焼き方で作るとお好み焼き自体に高さが出るのでひっくり返せるか不安になる。だが迷いは禁物だ。
まずフライパンを軽く揺すってみる。焼き加減に問題が蹴れば軽く揺するだけでお好み焼きが動くはずだ。動かないならもう少し焼いてみるといい。
動いたなら準備完了だ。ここから試されるのは己自身だと思え。もう一度言う、迷いは禁物だ。大丈夫、おまえならできる。
フライパンを火元から持ち上げ、膝を軽く曲げて腰を落とす。腰に近い高さにフライパンをもっていき、腕を前に静かに出して一気に体の方に引きつける。自然とフライパンの曲線に沿ってお好み焼きが回転してひっくり返るはずだ。後は足腰で柔らかくそれを受け止めるだけでいい。この工程に迷いがあると間違いなくミスる。まあミスって形が悪くなっても焼いたら食べられるので気楽に行こう。

ひっくり返したら蓋をして焼く。湯気が蓋から出てきたら一回箸で刺してみて液体がついてこなければ完成である。

この焼き方は生地やキャベツに含まれる水分でキャベツを蒸し上げる料理だと思って作っている。蒸し上げられたキャベツは甘く、ふわっふわのふかっふかになってうまい。

日記は書いた方がいい(復唱)

そうだ。俺も増田に同意だ。日記を書くことはとてもよい。人間毎日そんなにきっちり覚えて生きているわけではないし、記憶というのは思い出すトリガーがないと想起されないので、覚えているつもりでも、実際に日記に書き出しているとそうでもないことがわかる。ついでにいうと日記にかいて再読し、それをトリガーにして思い出すことで記憶が強化されるところもある。うまい言葉が見つからない解像度とかじゃないな、でも覚えていることは増えたしな。再放送とかビデオで何回も見たアニメの回は今でもすぐ思い起こせるというのの人生版ということにしておく。

blogという形でネットに放流することには完全に利点があって、日記帳に書いてしまうのよりも、スマホのメモ帳に書いておくのよりも圧倒的にリリーダビリティ(再読性)が高いことがそれになる。まずはてなブログのUIに統一されるのでとても読みやすい。それから、時折スターがつくとそれチェックするために見に行って結果読むことになる。一年以上利用しているとはてなブログ公式が去年の今頃おまえはこんな記事を書いていたというメールをくれるので折々にふれて自分のブログを読んでいる。検索もしやすいし、「前に書いたな」ってのをはてなブログアプリの記事一覧をフリックで遡りながら探していくと片付け中に出てきた本を読み込んでしまうのと同じで、目的ではない記事をつい読み込んでいることもある。
ブログに書いてインターネットに放流するときは、やっぱりちょっとよそ行きの文章をかいている。他人が読むかもしれないという意識が自分の背筋を少し伸ばしてくれている。よそ行きのつもりで書いた文章の方が後から読んでも読みやすい。

なんせ日記というのは一番活用できるのは自分で、一番面白く読めるのも自分だ。自分が書いた文章なので自分のリズムに合っている。自身の体験を元に書いているので共感しやすい。自分の失敗に基づいた反省が載っている、それはとても役に立つ。だって自分のことだから、同じ失敗を繰り返すから。

そういうわけで日記を書いて残しておくのはよいことであり、できたらそれはブログにでもしてインターネットに放流しているとなおいいと思う。

キノコ袋の話。

ちょっとしなびてきたキノコが近所のイオンでいつもお手頃価格で売っているので、種別関係なく買ってきてはこれを細かく刻んでビニール袋に入れて冷凍している。毎日味噌汁に入れて使うし、見かけたら買ってきてまた継ぎ足していくのでえのきもシメジも椎茸もマイタケもエリンギも(エリンギは大体使用目的があって買ってくるが、脇に申し訳なさそうにいる小さいのがこの場合犠牲になる)入っていて使うたびにどれが出てくるかわからないなかなか楽しいキノコ袋ができあがっている。

鍋に水を張ってこのキノコ袋からひとつかみとって入れ、水から煮ていく。キノコの味は65℃くらいでよく出るとこないだキノコ会社の社長がテレビで言っているのを見たのでそれを信じた。裏返して一回太陽光に当てるとビタミンDが増えるらしいが俺が買い物して帰宅、刻んで冷凍する時間に太陽光はないので申し訳ないが無視している。キノコであるので一回しっかりと沸騰させる。びっくりするほどおいしい出汁が出るということはないがまあまあ出汁が出るのでこれに味噌を溶き、最後に顆粒だしを入れて完成としている。その後保温のつもりで最小の弱火にしていたら時々沸騰していることがあるが、以前も書いたとおり味噌汁は沸騰してもうまいので問題は無い。

大体日曜の朝は前日深酒をしておなかの調子がだめになっているのでそのときもこのキノコ袋から一掴みをとって水を張った土鍋にいれ、顆粒だし少々と塩ひとつまみを入れて煮立てる。冷凍のご飯をレンジで温めてざるにあけ、軽く水洗いしたのを雑炊とする。もちろんその深酒のアテが小鍋仕立てでやっていればそのままの鍋の汁でいい。

例えばスキレットに軽く油を引いて中火にしてキノコ袋の中身をひとつかみいれてじりじり焦げ目がつくまで焼いてごま油と醤油でうまい。野菜炒めの材料が物足りないときも先にキノコを炒めておいてそこから野菜を入れればボリュームもうまみもついていい。

つまりそういうわけでうちの冷凍庫にはキノコ袋があるという話だ。新しいキノコを追加した際には完全に凍り付く前に一回取り出して軽く振ってバラつかせておくように。先週調子に乗って袋にどんどん放り込んでおいたらキノコの巨塊ができてばらすのに苦労したんだ。

角質と靴の話

靴を新調した。元々仕事用の靴はワークマンで買える牛革つま先に鉄芯入りのものにしていたんだけれど、この鉄芯が左足の親指第一関節に当たって角質の肥厚が進んで分厚くなってしまっていた。それを風呂上がりに削ったり切り取ったりしてごまかしていた。

しかし昨年5月のとある深夜にリビングで転んだ表紙にこの角質がぱっくりとめくれたようにちぎれてしまって3針縫うけがをしてしまった。夜中に怪我をしたものだから今から病院行ったって仕方なかろうと翌朝までなんとか耐えのだけれども、もちろん一睡もできなくて、朝ボロボロになりながら病院に行ったら先生が「こんなにひどいの朝までよく耐えた。眠れるはずがない。痛み止め? カロナールじゃ無理」っていってくれて少し救われたような気持ちになった。ちなみにこの後にいろいろ予定を控えていたが大体おじゃんになってしまって周囲にというかお祭りの神輿担ぎに出る予定だったので近所大変迷惑をかけた。申し訳ない。

というわけでそのときの靴が少しサイズに余裕があってその分で鉄芯の角が親指関節に当たるのが問題だろうと考えて5mm小さいサイズのプラ芯でマジックテープバリバリの靴に履き替えた。ところが思っていたよりも5mmの差には影響があってずいぶんと窮屈な思いをしながら半年以上その靴を履いていて、そのうち足の爪の形もだんだん曲がってきて分厚くなって、人間の体に圧力をかけると本当に変形するんだなということが実感としてわかった。ハイヒールなんて履かせるものじゃないですよあんなんおかしいわ。

それでここのところはいていたそのサイズが小さい靴ですが、このたびようやくかかとのあたりに穴が開いてきたのであらためて買いに行きました。もちろんワークマンで、店内のレイアウトはどこも同じだから行ったことある人ならわかるはず。一番右のルートに入って左手の中段、赤い箱のアレ。

今日久々に履いてみたらものすごくスムーズに脱ぎ履きができてここまで快適だったかと驚いた。やはりサイズがあった靴を履くことは重要だと思う。革靴のくせに微妙に通気性がよいことにも気づく。そんな高いものでもないのこんなに違うのか。

歩いていて感じてきたが俺の足は右の方が少し横幅が広くて縦にも長い、その代わり左は甲が高いということを実感した。どうして靴って5mm刻みしかないの。いやフルオーダーしたら可能なんだろうけど安全靴では無理だな。

今日はこれくらい。しばらく書いてないとやはり鈍るな。

献血

血圧が高いのにも利点があって、献血で全血400mlだったら血液バッグを爆速で満たすことができる。自分の前に始めたひとをブチ抜いて、バスから出る時に小さな優越感に浸ると同時に、この血圧やばいんじゃの危機感がある。

以前都会に暮らしていた時期と違って田舎に住んでいるので献血のチャンスはスーパーにやってくるバスを待つしかない。献血センターがある土地が羨ましい。あれは福岡の天神だったか、献血中にDVD見せてくれるサービスがあって毎回ドリフのDVDをチョイスして観ていた。そう、都会の献血センターには成分献血という選択肢があるのでDVDを見る時間を確保できるのだ。

まずセンターに入って手続きをして待ち時間で軽くジュースを飲んで準備を整えて待ち、呼び出されたら優雅にDVDをチョイスして椅子に座り至れり尽くせりで血液を抜かれていた。ひとしきりドリフのコントで笑った後は再び待合室に戻ってお菓子とドリンクを堪能、置いてある雑誌を読み荒らし、最後に図書券をもらって地下の本屋へラノベを漁りに行く。実に有意義な休日の過ごし方をしていた。

田舎ではもう選択肢もない。400mlをチューっと吸われてペッとバスから吐き出され、良くてティッシュ一箱もらって退散するのだ。

最後に一つ自慢をするのだが、右でも左でもものすごく視認しやすい血管が腕を通っており、リバーシブル献血を行うことができる。献血バスには右2台左2台しか座席がないのでそのどちらにもはいれるというのは周回スピードに(周回はしないが)かかわるのだ。でも腕の中央の血管が使える左に比べて右の血管は腕の端の方で、脈に合わせてピクピクするのでほんとのことを言うとひだりのほうがいいです。