今の芋旨いんすね、無礼(な)めてた。もっと硬くてのどに引っかかってそのくせ甘みが薄いのがサツマイモだと思っていた。少なくとも昭和の小学生のおやつに出される「ふかしいも」はそうだったぞ。
秋ともなれば親戚の畑に駆り出されてイモの収穫を手伝い、いくばくかの分け前を得てそれがしばらくのおやつとなり、芋が切れたころにミカンの箱が台所に置かれて冬が来る。(もちろん次はそのミカンがおやつという状況が続く)そしてミカンと餅がカビたころ、春がやってくる。春が来て、ずっと春だったらいいのに。
でも学校行事の芋掘りはみんな楽しんでいたようだったのでもしかしたら芋をおやつとして常食していたのは俺だけかもしれない。
教育機関で芋掘りをする風習というかカリキュラムは現代にも生き残っているようで、下の子がサツマイモを持ち帰ってきた。残業で遅めになった夕食(他人丼)を出したら、下の子がさめざめと泣き始めた。上の子は見事なくらい「うわーん」泣きをするが下の子はさめざめとしか表現できない感じで泣く。ジェントリーウィーブス。
話を聞きだしてみると彼はその掘ってきた芋を当日天ぷらで食べられると楽しみにしていたそうだ。忘れもしねえ、この時点で時刻は20時を半分過ぎていた。どうする、ここから俺はてんぷらを揚げるのか? 揚げるのだ。
ニトリだかダイソーだかで買ったスキレットに油を注いでコンロで温める。芋を薄めに2〜3切れ輪切りにして水道で濡らし、器に入れてチン。一回水に晒して粗熱を取って小麦粉を振り、衣っぽくなったら油へシューッ! 超! エキサイティン!
レンチンして火を通してあるので衣さえ煮えりゃあ腹は壊さないし、まあ幼児の腹具合なのでこれくらいの枚数で満足してくれるはず、した。
妻もほめてくれたので結果オーライである。この芋の残りが冒頭の芋ご飯になった。芋ご飯のレシピはネットで検索した。のでレシピは今回無い。
楽しく食べ終われたはずだったのだが、どうしてジジイは子供たちを芋掘りに誘うのか、どうして追加の芋が来るのか。
さて、どうしようかなこの芋の山、残る。
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