味噌汁を沸騰させてもいいんじゃないかという記事を以前に書いたが、沸騰味噌汁の件でインターネットが騒がしかったので書いてみる。
香りへの感度と、旨味に対する感度がどちらが優位かという肉体の部分と、味噌汁を味わう際の文化的な差異があるとおもう。
結論なんてこんなもんみんな違ってみんないいになるわけで、その中から自分はバカパクの7・5とかシブ知の4・9みたいなポジションを宣言していくしかないのだけれども、他人がどう感じ、どう味わっているのかということを考えずして美味しい料理を提供したことにはならない。家族内だと同じものを食べつけているので好みは似通ってくるものだけれども、甘めの味付けを好むもの、魚と肉のどちらを好むのかなんてのは変わって来やすい。
いつぞや味噌汁の話を(しかもこれは沸騰させるかどうかの記事ではない。)した時に灰谷健次郎 著 「きみはダックス先生がきらいか」の例を挙げたがここでは鰹節と昆布の合わせ出汁を使用していたし、先日からハマって読書&アニメ鑑賞していたアニメ「氷菓」〈古典部シリーズ〉では煮干出汁の味噌汁だった。煮干だしは鰹節や昆布と違って煮出していくのでやはり旨味が強いポジションにいると思われるし、臭みを嫌って沸騰前に引き上げてしまう鰹節や昆布だしは香りの方のポジションだろう。出汁材に関しては地域性が強く、その土地で取れるものや物流上豊富にあったからとか地域によってさまざまに事情があって決まってくるものだ。
そこに各地域折々の味噌があって赤味噌白味噌麦米大豆、仕込み期間も何ヶ月というものもあれば数日というものもあって、下手するとちょっと前まで各家庭で味噌を仕込んでいたりする。もうこの時点でもまとまりようもない。
具だってかなり違う。おれはミズイモの味噌汁が好きだが、ジャガイモを少し角がまるまるくらいまで煮た味噌汁やよく煮込んで汁がとろっとしてくる味噌汁と香ばしさと食感のお麩の味噌汁とではまた合う汁のベースも違ってくる。つまり一言で味噌汁といった場合に個々人が想起するイメージも、実際に食べているものも千差万別でありめちゃくちゃに幅が広くてグラデーションがとてつもなく広がっている。そんなのを一概に片付けようとすることが土台無理なのだ。
それでも大雑把に括って話をするなら、やはり香り偏重のスタイルと旨味偏重のスタイルが大雑把にあるように思える。沸騰すると損なわれる香りというのはもちろん確かにあって、それを好む人間からは沸騰を許せないということだろう。それはそれでしかたがないし、雪がちらつく中作業して体が冷えきって昼食を取りに入った現場事務所で、IHヒーターの上に置きっぱでしばらく煮立っていたであろうしょっぱい味噌汁が、妙に美味しく感じられたのを忘れられない者もいるということであって、みんなもっと他人の事情や環境、来し方みたいなもんに想像力を持って曖昧にやっていけやと思う次第であります。